データ時代の到来で消えゆく“球場の007”――ID野球はもう過去の遺産なのか

近年のプロ野球は、かつてとはまったく異なる様相を見せている。その変化のひとつとして、長年当たり前のように存在していた「先乗りスコアラー制度」の縮小、あるいは廃止が挙げられる。
かつて各球団は、次の対戦カードに備えて担当スコアラーを事前に現地へ送り込んでいた。いわゆる「先乗り」、さらにはその先のカードを見据えた「先々乗り」まで存在し、彼らはまるでスパイのように相手チームの動向を徹底的に探っていた。練習内容の細かな観察から、先発投手の予測、選手の好不調、さらにはクセやコンディションまで、あらゆる情報を収集する“球場の007”とも言える存在だった。
しかし今、その光景は急速に姿を消しつつある。ソフトバンク、ロッテ、ヤクルトといった球団が先乗り制度を廃止し、楽天やDeNAもすでに同様の方針を取っている。日本ハムに至っては担当者が一人のみ。結果として、半数近い球団が球場にスコアラーを派遣しない状況となり、ネット裏で鋭い視線を送る“あの姿”はほとんど見られなくなった。
その背景にあるのは、テクノロジーの進化だ。現在は試合映像やトラッキングデータが充実し、遠隔でも詳細な分析が可能になっている。さらに、近年の遠征費や宿泊費の高騰もあり、各球団がコスト削減を進めていることも大きい。あるスコアラーは「今はデータでほとんど事足りる時代。わざわざ現地に行く必要性が薄れている」と語る。
一方で、こうした変化は一つの時代の終焉を意味しているとも言える。かつて「ID野球」と呼ばれる戦略で球界に革命を起こした野村克也の存在だ。彼はスコアラーの情報を徹底的に活用し、緻密なデータと分析を武器に勝利を積み重ねた。その象徴が1995年の日本シリーズでのイチロー対策であり、入念なミーティングと分析がチームの勝利を支えた。
また、落合政権時代の中日もスコアラー体制を強化し、全球団の情報収集を徹底。交流戦でしか対戦しないパ・リーグ球団のキャンプにまで人員を送り込むなど、情報戦の極致ともいえる取り組みで結果を残した。
だが現在は、その「現場で見る」価値がデータに置き換えられつつある。もちろん、現地でしか得られない空気感や微妙な変化も存在するが、それ以上にデータの精度と効率が重視される時代になったということだ。
かつてキャンプ地や日本シリーズ前になると話題になった「偵察隊」の存在は、もはや過去の風物詩となりつつある。プロ野球は今、経験と勘に頼る時代から、データと合理性を重視する時代へと完全にシフトしている。
果たして、野村ID野球の精神は本当に古いものとなったのか。それとも形を変えて、データ野球として進化し続けているのか。球場から消えた“007”の姿は、そんな問いを私たちに投げかけている。
その問いに対する答えは、決して単純ではない。なぜなら、野村ID野球が本質的に目指していたのは「データを使って勝つこと」ではなく、「相手を深く理解し、勝つ確率を最大化すること」にあったからだ。
かつては、その手段が“人の目”だった。スコアラーが球場に足を運び、グラウンドの空気や選手の表情、ちょっとした仕草の変化までを拾い上げる。その積み重ねが、相手の弱点を見抜き、勝負どころでの一手につながっていた。いわば、経験と観察力を融合させたアナログなデータ野球だったと言える。
一方で現代は、その役割の多くをテクノロジーが担っている。打球速度、回転数、配球傾向、守備位置――あらゆる要素が数値化され、瞬時に共有される。しかも、それは個人の主観ではなく、客観的なデータとして蓄積されていく。精度や再現性という点では、かつてのスコアラーの情報を凌駕している部分も少なくない。
だが、ここで見落としてはならないのは、「何をどう見るか」という視点そのものだ。どれだけデータが揃っていても、それをどう解釈し、どう現場に落とし込むかは人間の仕事である。数字の裏にある意味を読み解き、試合の流れや選手の心理と結びつける力――それこそが、かつて野村が重視した“考える野球”の本質ではないだろうか。
つまり、球場から“007”が消えたとしても、その役割が完全になくなったわけではない。形を変え、場所を変え、より高度な形でチームの中に組み込まれているに過ぎないのだ。スコアラーという肩書きこそ減ったかもしれないが、アナリストやデータ担当として、そのDNAは確実に受け継がれている。
そしてもう一つ、現場でしか得られない情報の価値も依然として残っている。例えば、選手の微妙なコンディションや、試合前の雰囲気、ベンチ内の空気感といった“数値化できない要素”は、いまだに重要な判断材料だ。データ全盛の時代だからこそ、こうした非言語的な情報の価値はむしろ際立っているとも言える。
結局のところ、「古いか新しいか」という二元論では語れないのが実情だ。ID野球は消えたのではなく、進化した。スコアラーの双眼鏡が、パソコンやタブレットに置き換わっただけで、その根底にある“相手を知り尽くす”という思想は変わっていない。
球場から消えた“007”の姿は、一つの時代の終わりを象徴している。しかし同時に、それは新しい野球の始まりでもある。人の目とデータ、その両方をどう融合させるか――その答えを見つけたチームこそが、これからの時代を制していくのかもしれない。
引用
https://news.yahoo.co.jp/articles/9ee4d3264b4cec66b9e762ad504230e2e7be2173

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